川幅は広くしかも流れに勢いがある大河であった。宇治川がやっと平地に出てきた所が京都府宇治市である。ここには世界遺産に登録されている平等院、宇治上神社をはじめ重要文化財など、国風文化華やかなりし頃の平安貴族が残した文物を偲ばせる歴史の町である。
このあたりの川には中の島、塔の島という中州があり、春には桜、夏には鵜飼や宇治の山水を満喫できる「あみ船」も出て舟遊びを楽しむことができる。秋になると舟茶席、宇治茶祭りなど行事も多彩だ。真冬になると寒バエ釣り等々、四季折々の自然を肌で感じ、平安ロマン溢れる魅力を見ることができる。 散策していると柿本人麿の歌碑があった。「もののふの八十(やそ)氏(うじ)河(かわ)の網代(あじろ)木(ぎ)にいざよふ波の行く方しらずも」宇治川の網代木(網代に用いる杭のこと)で消えゆく波を見ていると滅んだ近江の都の人々はどうなったのか・・・。
日本三古橋(瀬田の唐橋と山崎橋)の一つに数えられる宇治橋は、古今和歌集や紫式部の源氏物語にも登場する。この橋は646(大化2)年に初めて架けられたという伝承もあるが、現在見る橋は1996(平成8)年に架け替えられたもの。長さ155.4m、幅25mある。橋の姿は周辺の歴史遺産や自然との調和に見事に融合しており、一層の雰囲気が醸し出されていた。
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