私の憧れる人物の一人に高田屋嘉兵衛がいる。彼は江戸時代後期に北前船交易で活躍した豪商である。生まれは兵庫県淡路島五色町で6人兄弟の長男。22歳で神戸に渡り、大阪と江戸の間を航海する樽廻船の水主となる。そして28歳には国内最大級の辰悦丸を建造し、本格的な廻船業へ乗り出す。その後は北海道を拠点に大規模な商品流通を展開していった。更に彼は日露両国の悪化する関係改善に、民間外交の多大なる努力末、紛争解決へ導くなどの大功労者なのだ。 1806(文化3)年、今から約200年前に函館の大火災で、町の大半は焼失してしまった。彼はそれに対して自己資金を提供し、被災者の救済・復興に率先して貢献している。私は1995(平成7)年1月17日午前5時46分の出来事を生涯忘れられない。それは淡路島が震源地となった「阪神淡路大震災」のことである。6400人を越える尊い命が犠牲となった。そして多くの人達が大きな被災を被った。しかし全国、全世界から温かい援助をお受けした。私もその一人であるが、それは淡路島を故郷とする高田屋嘉兵衛の、過去の行為による恩返しのような気がしてならない。
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