◆茅葺屋根の店

 食事は旅の楽しみの一つである。その土地の名物に巡り会えば本当に幸せなことだ。これまでそのような喜びの経験を、何度か味わったことがある。値段が高くて美味しいものは当たり前。しかし安くて美味しいものに巡り会った喜びは大きい。特にそこでしか食べられないもの。今でしか食べられない旬のもの。これまで食べたことのない美味しいものに出会ったとき等。その感動はいつまでも残っている。

 京都府の山間部に美山町を訪ねた。その中央を流れる美しい由良川沿いには、250棟もの茅葺屋根を持つ家が残っていた。昼食時はとっくに過ぎていた。田舎道だけに食事処がたくさんあるわけではない。

 ラーメン屋さんがあった。しかしあいにくの定休日。次は軽食喫茶。メニューを見てみるとハンバーグにエビフライ・・・。狭い店で席もなかったので仕方なく車を走らせる。もう何処でもよかった。何でも良かった。そんな心境であった。

 その時、道路際に茅葺屋根のお蕎麦屋さんの店を見つけた。これだ!古い建物はそのまま保存されて再利用されていた。襖を全て取り払った大きな部屋の中央には、囲炉裏が元気よく燃えていた。見上げると天井は煤で真っ黒に。古い田舎屋の歴史を感じつつ、部屋のなかを観察するような気分で名物の蕎麦を美味しく頂いた。

 茅葺屋根の下で囲炉裏のある部屋で、食事をしたのは生まれて初めての経験であった。この日の昼食は、私にとって忘れられない感動の思い出となった。

撮影2006年秋