一個の人間が生涯にわたって、どれほど多くの歴史を残せるか。偉大なる人物と言われる人は少ない。限られた人しかいない。その中にあって近代日本の経済界に、大きな影響と基礎を築いた人物の一人が「渋沢栄一」であると思う。彼を知れば知るほどその行動力、実行力に頭が下がる。一人の人物がこれほどまで、多くのことをやってのけたのかと。 東京・北区にある飛鳥山公園の一角に「渋沢資料館」はあった。この辺りは渋沢栄一の旧邸があった場所で、戦災を免れて「晩香廬」(洋風茶室)、「青淵文庫」(書庫)なども残っている。渋沢栄一は1840(天保11)年に現在の埼玉県深谷市の農家に生まれている。大蔵省を辞して第一国立銀行の頭取となってからは、日本経済の近代化に尽くすことになる。そこからの人生がすごい!
銀行のほか、鉄道、汽船、紡績、製紙、精糖、科学、造船、造機、建設、ガス、電力等の株式会社の設立に、経営指導に関わる。その企業の数は500に上るというから大変なことである。更に経済人のための「東京商業会議所」をはじめ、「東京銀行集会所」や「東京株式取引所」なども設立している。
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