◆東尋坊の断崖

 ここから足でも滑らせれば、間違いなく命はないだろうと思った。慎重に岩の道を渡った。間近から見る断崖絶壁は迫力満点だ。むき出しになったゴツゴツした岩肌は約1kmも続く。ここは福井県の日本海に面した日本随一の奇勝として名高い「東尋坊」である。

 天然記念物にも指定されている東尋坊は、五角形、六角形の柱状の岩が集まった輝石安山岩で、世界に3か所(韓国の金剛山・ノルウェーの西海岸)しかない。地質学上稀少な地形なのである。冬の日本海は波が荒れることが多い。そんな時に砕けた波がシャボンの泡のように、岩礁を覆い烈風に舞う「波の華」も見られることもある。

 子供の頃、父が東尋坊に行ったと聞かされて、その不思議な地名に大変興味を持っていた。「東尋坊」ってなんだろう。何処にあるのだろう。漢字を見ても全く想像がつかなかった。その後、妻と家族で夏休みに訪ね、観光船にも乗ってみた。父はここに来たのだと。

 この日は寒い日であったが、観光客は結構多く来られていた。そのなかに東京で住んでいた頃に、近所にいた女性とソックリな人と出会った。一瞬声をかけようとしたが、私の顔を見ても全く反応がない。どうも人違いのようであった。しかし懐かしく彼女のことを思い出した。

 これまでの人生でたくさんの人と出会った。普段はそうした人達を思い出すことはない。しかし縁に触れると、たとえ遠い昔のことであっても、記憶は蘇ってくるから不思議だ。

撮影2006年 冬