神戸で一番の繁華街は「新開地」であった時代がある。新開地商店街には大正13年開業で東洋一の高さ13階(57m)を誇る「神戸タワー」はじめ、映画館が5〜6軒、大浴場、劇場、スケート場、食事等、ありとあらゆる娯楽が揃っている地域であった。大きなレジャービルの完成を称え「えーとこ、えーとこ聚楽館」と歌い文句にもなったほど。広い通りもお正月ともなれば、肩が触れ合うほどの人出となる。毎日がお祭りのような賑わいであった。もう40〜50年も前のことである。 その通りを北へ抜けたところに「湊川公園」がある。何もないただ広いだけの公園の一角に銅像が建っていた。近付いてみると、それは勇壮な「楠木正成」が鎧兜を身にまとい、今にも天に上ろうかとするすごい躍動感のある像であった。顔を見ただけでも恐ろしさを感じる。そこには男の凄まじいばかりの、迫力と気迫が伝わってくる。この像を見てすぐに思いつくことがあった。それは「ナポレオンのアルプス越え」のあの有名な絵である。同じような構図であるが、華麗な姿はナポレオン。しかし迫力は正成だ。 楠木正成はこの場所で総兵力わずか700余騎。足利尊氏軍の数万騎を相手に戦いを挑んだ。というよりは戦わざるを得なかったのであろう。結果は明白であった。6時間の決死の戦いの末、善戦虚しく「七世報国」を誓って、楠木正成は自刀して果てる。天皇に対する忠義の人として、敗れた側の楠木正成(大楠公)が後々まで称えられる。人間の生き方とは不思議なものである。 |