◆中禅寺湖のそば

 父と母から連絡が入った。銀婚式の記念に東京にいる息子に会いに行きたいとのこと。それを聞いて嬉しかった。久しぶりの親子3人。思い出に残ればとのことで、足を延ばして「日光」へ観光に行った。浅草より東武日光線の特急は快適であった。

 日光東照宮を見学した後、いろは坂をバスで登って行った。目の前に広々とした湖が見えた。中禅寺湖である。初秋のこの辺りは今が最高の季節。暑くも寒くもなく、空気は新鮮で気分も爽快だ。お腹が減ってきた。湖の周りにはホテル、土産物売り場、レストラン、食堂が並ぶ。その内の一軒の蕎麦屋に入った。3人はこれまで食べたことのない「山菜そば」を注文した。ガラス越しに中禅寺湖の美しい景色を見ながら食べた。

 この中禅寺湖は近くの男体山の噴火によって、大谷川が堰き止められて出来た湖である。標高1269mの高地にあり、周囲は22kmもある。ここは関東を代表する素晴らしい観光地なのだ。

 関西では蕎麦屋よりうどん屋の方が多い。蕎麦屋に入っても「山菜そば」はメニューにはないのだ。珍しさもあってか母がそのヘルシーな味に、喜んで食べていたことが印象的であった。あれから34年の歳月が流れた。私は一人あの時の慕情を求めて、中禅寺湖畔に来て同じ店「新月」に入った。店から見えたはずの湖は、この日は道路に雪が高く積まれて見えない。店のなかでも寒さのために吐く息は白い。温かい「山菜そば」は本当に美味しかった。この味をもう一度母に食べさせたかった。17年前に亡くなった母は、今生きていたら81歳になっている。

撮影2005年 冬