◆ 布引の自然と今

 「おはようございます」。道をすれ違う時に声を掛けられる。こちらも「おはようございます」と返事をする。これは山道を歩いているときに交わす挨拶。知らない人であってもみんなが声を掛けあうのだ。初めは少し戸惑ったが、すれ違うたびに声を掛けあうと、小さな声からやがて大きな声で返事が出来るようになる。街の中ですれ違っても普通は誰も挨拶する人はいない。これが山登りをする人の習慣なのか。

 私は中学生の時、よく3〜4人のクラスメイトと共に三宮から歩いて布引まで行き、そこから急な山道を生田川沿いに、上流向かってハイキングをしたものだ。途中5分も歩くと雌滝(高さ19m)があり、更に200m登ると雄滝(高さ43m)がある。布引の滝は日光の「華厳の滝」、和歌山の「那智の滝」と合わせて三大神滝と呼ばれ、歴史的にも物語や詩歌に取り上げられている。さらに登っていくとダムが見える辺りが我々の目的地。自然の中で爽やかな空気と緑を満喫しつつ、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、心地よい疲れを癒してくれる。そこで食べる弁当は、たとえ"おにぎり"だけであっても最高の味に思えた。更にここへは両親と妹を案内して、みんなで協力してカレーライスを作った思い出がある。薪を拾い集め、火を熾し、飯盒でご飯を炊く。母はカレーを料理。水は川から。忘れ得ない家族の味であった。作るのに1時間半も掛かって、食べる時は10分少々。でもこれら全てのプロセスが楽しい時間であったのだ。

 それ以後に布引の山に登ったことはない。あの時の登山口は今では新幹線の「新神戸駅」が完成して全国に通じている。空にはロマンチックな「神戸夢風船」のロープウェーが山頂にある「布引ハーブ園」を結ぶ。そこには200種75,000株のハーブの香りと、素晴らしい国際都市・神戸のロケーションが楽しめる。そして春ともなれば「生田川」の両岸には見事な桜のトンネルとなる。さらに夜にはライトアップされて見る人を魅了する。そして子供達には川遊びも楽しめるように配慮がなされている。あれから40年が経過。その時には今の変化を想像することはとても出来なかった。

撮影2004年 夏