◆大相撲三月場所

 「若乃花――!」精一杯の声で何度も叫んだ。昭和32年、私が小学校三年生の頃であった。三宮駅前より父と二人で大相撲観戦バスツアーに参加した。バスの中で隣に座ったおじさんから「僕、良い身体やな。大きくなれば相撲取りになれるで。」嬉しい言葉は今でも覚えている。

 大阪府立体育館は大相撲三月場所が行われており、場内は熱気一杯の超満員。席は一番後ろの方で、土俵から最もと遠いところであった。今思えばあまり高くないツアーであったのだろう。当時の大相撲は大変な人気で、花形力士といえば「栃若時代」の大フィーバー。栃錦、若乃花、吉葉山、朝潮、鏡里の横綱を始め幕内力士の全ての名前が言えるほどであった。

 私のひいきは若乃花である。豪快な上手投げは相撲の醍醐味でもあった。「若乃花物語」として映画にもなったほどで、言い尽くせない思い出が沢山残っている。

 あれから45年。その間、父を誘って大相撲三月場所に招待した。勿論、桝席の一番良い席でしかも千秋楽。少しでも恩返しが出来たよう気がして内心嬉しかった。以降、大相撲には何度も足を運んでいる。と言うのも私の親友「飛弾さん」が大相撲高田川部屋の兵庫後援会会長をしており、高田川親方(元大関 前の山)より私の出入りも許され、何かにと関わりを持つようになった。神戸道場の場所は神戸市長田区駒ケ林。私の家から車で5分の距離。若い相撲取りと一緒にちゃんこ鍋を囲んで晩御飯を食べると、ついつい余分に食べ過ぎてしまう。ちゃんこ鍋には何十種類もの料理があり、その部屋ごとに特徴があるようだ。

 大きな鍋に鳥をベースに、あるいは牛肉豚肉を大量に使って炊き込むわけだが、それ以上に野菜がいっぱいに入る。幕下の前の若が 言うには「何故ちゃんこ鍋を食べるのか。 それは野菜をいっぱい食べられるからなのです」と。見ているとニラにしても青梗菜 でも手でちぎって鍋の中に入れている。 野菜のエキスと肉のだしが混ざり合い、素晴らしい味になっていく。実に美味しい物である。家庭の小さな鍋ではこの味は決して出せないであろう。

 この部屋にはまだ関取がいない。つまり十両以上の力士がいないことを意味してる。しかし総勢20人の半分以上が十代 の若手。それ故未来への大きな可能性を 秘めている大変楽しみな部屋でもある。 大雷童、前の若、日和山、冨乃里、御田乃山、それにモンゴル出身の前乃雄。「大雷童――!」三月場所の初日に妻と長女と私が大きな声で叫んだ。

   撮影2004年 春